先日書いた「江戸名所図会」の一部がなんだか変なふうになってしまったので、新たにつくりなおしました。
ブログを書いていても、プログラムについては皆目わからないので、直せないのです。すでにお読みになった方は、とばしてください。

朝顔の栽培の様子を調べたくて古い本をさがしていたら、「江戸名所図会」(7巻. [9]  松濤軒斎藤長秋 著[他]  須原屋伊八刊 国立国会図書館蔵)のなかに今、会社のある四谷付近の絵がありました。

江戸名所図会四谷

四谷大木戸門。大木戸門は、新宿御苑にあります。

江戸名所図会内藤新宿

四谷内藤新宿。

「新宿」という名前、ずっとむかしの正式名称は内藤新宿(内藤宿)です。内藤は、内藤清成のこと。内藤清成は、徳川家康から東は四谷、西は代々木、南は千駄ヶ谷、北は大久保までという広大な土地をもらったそうです。今は内藤町という町名にその名残をのこしています。

明治時代になると、大蔵省は内藤家の敷地と周辺を購入し、明治5(1872年)に「内藤新宿試験場」を設けました。これが新宿御苑の前身です。試験場では欧米から買い入れた種子や苗、万博から持ち帰ったものや中国でさがしてきたものなど、さまざまな植物を試験的に育てます。この新宿御苑の歴史、タンポポのような外来植物の帰化と関係しているのではないか、と思っています。

江戸名所図会 千駄ヶ谷

千駄ヶ谷。新宿御苑には「千駄ヶ谷門」もあります。

「江戸名所図会」は天保5年-7年 (1834-1836年)の作品。180年の変化の大きさを感じます。