先日、シーボルトの書簡が発見されたというニュースがありました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160217/k10010411951000.html

シーボルトの名前は知っていましたが、「ぜんぶわかる!タンポポ」の本を編集するまで、彼が日本に与えた影響を理解していませんでした。
シーボルトが日本の動植物を海外に紹介したことでは有名(メダカをヨーロッパに紹介したのもシーボルト)ですが、日本滞在中にヨーロッパの書物を紹介したり、植物についての知識を伝えたことは、あまり知られていないような気がします。

シーボルトに影響を受けた人の一人に伊藤圭介という人物がいます。名古屋市呉服町に生まれ、日本で最初の理学博士となった人物です。「めしべ」「おしべ」「花粉」ということばをつくったのも伊藤圭介で、江戸時代の末から明治時代に多くの業績を残しています。名古屋大学医学部の前身となる医学校を創設し、98歳で亡くなりました。
この伊藤圭介がのこしていた書物のひとつが『植物図説雑纂』。彼が見たものや聞いたことを書き留めたり、いろいろな当時の資料をはりつけたりしているものです。このなかに「蒲公英競」がありました。タンポポの園芸種が江戸時代にあったことを示す資料です。

植物図説雑纂91巻-2

左は植物の拓本。右は「蒲公英競」がおりたたまれています。両方ともはりつけられています。

植物図説雑纂91巻-3

園芸種がさまざまにつくられたというタンポポ。相撲の番付表のような書き方です。

『植物図説雑纂』を見ていると、伊藤圭介の「散逸するかもしれない資料をのこす」という情熱を感じます。歴史というのは、今を生きる人がいてこそつくられるもの。
この伊藤圭介のいう人物のこと、図譜などを続けてみなさんにお知らせしていきたいと思います。
(画像は『植物図説雑纂. [91]』 伊藤圭介 編著  より 国立国会図書館蔵)