11月11日、NPO法人ウイメンズアクションネットワーク(WAN)主催のシンポジウムに参加しました。タイトルは『銃後史ノート』編 『こうして戦争は始まる―孫世代が出合う「銃後の女たち」』。
https://wan.or.jp/article/show/7456
今回のシンポジウムは
「女たちの現在を問う会」編著による『銃後史ノート』(戦前編)を取りあげ、当時を生きた人々だけでなく戦争を知らない幅広い世代の人々と一緒に、日本がどのように戦争に突き進んだか、女性が任された「銃後」とは何だったのかを振り返り、現在と何が似ているのか、何が違うのかを考えます。
というものでした。

『銃後史ノート』は1977年に刊行開始され、戦争のなかで女性がどのように考え、どのように考えていたかを検証し、「なぜそうだったのか、そうでしかなかったのか」を考え、発表してきた本です。

銃後史ノート3

戦前編は全部で10冊あります。

「刊行にあたって」には
「『銃後史ノート』‥‥主として戦後育ちの私たちが、したがってほとんど“戦争”を知らない私たちが、私たちのささやかな機関誌にこんなタイトルを選んだのは、私たちなりの“戦後”があり、その帰結としての“現在”があるからです。」
とあります。

銃後史ノート2

本扉にある「刊行にあたって」

「どうして戦争をしたの?」「戦争は止められなかったの?」と子供たちに聞かれたとき、私はどう答えればいいのか。
「何もできなかった」というのは責任のがれにしかなりません。

私は、1984年からこの会に参加し、その後何年か一緒に本をつくりました。
参加といっても、することは至ってシンプルで、その時代の新聞を丹念に読み、テーマごとにカードに書きだしたりコピーをとったりして、集まって話をする。話しているなかで自分の感じていることや考えていることを詰めていく。そして、書く。
一次資料にあたって感じることは多く、自分の疑問や怒りに対する答えをさがす旅だったような気がします。
書いているときは、怒りや主張したいことでいっぱいいっぱい。ですので読み返すと「読みにくい」「主張にふくらみがない」と感じますし、何よりも自分があらわになっていて「恥ずかしい」。
でも、読んだ方々の感想をお聞きして、書いたことがすでに歴史の1コマになっているのだと思いました。

表現はいろいろありますが、最もインパクトのあった感想は
「やばい。当時と全然変わってないじゃん」
でした。
そして感動したのは米田佐代子さんが最後におっしゃった言葉。
「話しましょうよ」でした。
どんなときにも、言いたいことを飲み込むのではなく、話す相手を求め、見つけ、会話し続ける。そんな風に生きていきたいと思いました。