身近な自然と子どもの本と

戦争と東日本大震災

戦争について考え、東日本大震災を記憶し続ける写真絵本。
どの本もシリーズはなく、単行本としてつくってきましたがいつも考えているのは
「時間を越える本をつくる」ことです。本質を見極め、時代を越える本をつくることは、
児童書編集者の責任だと思うから。子どもの本の可能性を信じています。

高橋3

『ぼくの見た戦争 2003年イラク』
写真・文 高橋邦典

2003年12月に出版。2003年のイラク戦争を体験した高橋邦典さんの著書です。
高橋さんは、アメリカ海兵隊に従軍し、海兵隊の兵士やバグダッドの人々を撮りました。
それらの写真は、貴重な記録です。

アメリカ、ボストンヘラルドのカメラマンだった高橋さんと初めてお会いしたのは2002年。
「戦争から帰ってきたんですけれど、興味ありますか」というメールをいただいたのは、2003年の夏前だったと思います。
「戦争」を伝える本をつくろうと意気込んでいたものの、透明感がありスタイリッシュな写真と、たくさんのアメリカ兵の写真を見て、考え込んでしまいました。今まで見てきた「戦争」をテーマにした本とかなり趣がちがいます。どんな本がつくれるか悩む日が続きました。児童書でなく、大人向けの本にしたほうがいいかもしれない、写真集のほうがいいかもしれない。そうも思いました。

けれどもいろいろな試行錯誤ののち、児童書にしようと思うことができました。
高橋さんが従軍で感じたさまざまな気持ちは、この本の柱であり、戦争の本質をついたものでした。それを長く伝えていきたいと思ったのです。
そうして12月、イラク戦争と同じ年のうちに出版することができました。
この本をつくるあいだに感じたこと、出版してから感じたことはあまりに多くて書き尽くすことができません。
高橋さんは、あとがきで語っています。

「理由はどうあれ戦争というものは人間同士が殺しあうものであり、社会や、家族を破壊します。しかし、戦うもの同士はおたがい自分たちが正しいと思ってやっているので物事の白黒をつけるのはそう簡単なことではありません。いったい誰が悪いのかは、ものを見る立場が変わることによって、変わってきてしまうからです。ですから、ぼくはこの本のなかで、善人、悪人を判断するつもりはありません。ただ、ぼくの写真を通して、戦争とはどんなものなのかを現実として少しでもみなさんに考えてもらえたら、と思います。前線で身を低くして銃を構えるアメリカ兵がどんな気持ちだったのか、いきなり爆弾を落とされて一瞬のうちに住んでいた家をなくしたおばあさんはどんな思いだったのか、そして、両足に爆撃を受けて寝たきりになってしまった男の子はなにを思いながら病院のベッドに横たわっているのか……。そんなことに思いをめぐらせてみてください。そして、彼らの生活と、今の日本での自分の生活とくらべてみてください。」

今年は、戦争を危惧する出来事がたくさんありました。何が正しいのかを議論することより、
どんなときでも人が人を傷つける「戦争」をしないと決めることは、もっと大切な気がします。
あらためてこの本を一人でも多くの人に読んでほしい、と思います。

 

高橋4

『戦争が終わっても ぼくの出会ったリベリアの子どもたち』
写真・文 高橋邦典

『ぼくの見た戦争』の著者、高橋邦典さんが、イラクへ行く前から取材をつづけていた
リベリアの少年少女の物語。激しい内戦で傷ついた子どもたち4人を中心に撮っています。
少年兵となった子どもたちの体験、右腕を失った少女。戦争はどれだけ深く長く人を傷つけるか、
いちど戦争が起こったら、簡単に終わることはないのだと思わされます。
無表情な少年兵の姿に深い悲しみを感じます。彼らの物語は、『戦争がなかったら 3人の子どもたち10年の物語』へと続きます。

 

高橋5

『戦争がなかったら 3人の子どもたち10年の物語』
写真・文 高橋邦典

『戦争が終わっても』で登場した子どもたちに10年間よりそいつづけた高橋邦典さんのノンフィクション読み物。写真が随所に入っています。
表紙の写真は、片腕をなくした少女、ムス。「人生何が起こっても、それが運命で、受け入れるしかないって思えるようになった。神様がすべて決めたことなの」と語るムスは、さまざまな体験を経て「運命は自分で変えられる」ことに気づきます。その物語は感動的です。
『ぼくの見た戦争』から10年、著者が書いていることをあらためてかみしめたいと思います。

「戦争は『絶対なる悪』だとぼくは思っている。一方的に侵略されて、自らを守るために戦わなくてはならない場合もあるかもしれないし、戦っている人間たちは自分たちが正しいと信じているかもしれない。それでも戦争は憎しみを生みだし、くりかえし、人を殺すことを正当化してしまうことに変わりはない。だからどんな理由があろうとも、戦争自体は『絶対なる悪』だ。戦場に行ったことのある人間であれば、そこがどれだけ怒りと憎しみ、そして悲しみとあきらめに満ちた場所であるかを知っているはずだ。
……広島と長崎に原爆が落とされ、二十万人以上の人々が一瞬にして消滅し、焼けこげのたうちまわりながら死んでいったとき、日本人はみな思ったはずだ。こんな思いは二度とごめんだと。そして誓った。これからはもう永久に戦争などするまい、と。
それなのに、今や、なんだかそんなことはみなすっかり忘れてしまったようにも見える。戦争をするための軍隊は、日本にほんとうに必要なのだろうか。
戦場に行ったこともなく、その悲惨さを知らない人々が、戦争への道のりを国民に歩かせているように見える。それをぼくはおそろしく思わずにはいられない。」

 

高橋さん1

『「あの日」のこと 東日本大震災 2011・3・11』
写真・文 高橋邦典

2011年3月11日。忘れられない日です。
この本の著者、高橋邦典さんは、宮城県仙台市のご出身。
高橋さんは震災のニュースをリビアでの取材中にお聞きになったそうです。現地に入られたのは震災から2週間後。ニュースカメラマンとしては出遅れた状態と感じた高橋さんの脳裏に浮かんだのは被害にあった方々の顔。
「被災した『人間』を撮ろう。そして、彼らの生の声を集めよう」
それからの出来事と、いろいろな人から聞いた言葉は、本をぜひ読んでいただきたいと思います。ここで一口には語れないものがすごくたくさんあるからです。
私は今でもこの本を時々開きます。そして、それからの5年間に自分がしてきたことを振り返ります。本は記録であると同時に記憶をつくるものでもあると気づかされた本でした。

 

高橋さん2

『「あの日」、そしてこれから』
写真・文 高橋邦典

『「あの日」のこと』に続いて、高橋邦典さんがつづった本。震災直後に出会った人々と連絡をとりあってきた著者が、再びその土地に行き、じっくり話をきいた言葉をまとめました。
編集者としてはどのような本の形にするか、どのようなタイトルにするか、さまざまなことに悩んだ1冊でした。
へんな話ですが、震災直後の写真はどれもインパクトの強い、感情を伴うものばかりなのですが、月日が経ち、ものが整理されてくると見えているものの衝撃が減ってきます。読者に知らせたいことがどんどん見えにくくなってくるのです。そのため、内容は、高橋さんが被災者の方々とかわした言葉を中心に、写真を添える形になります。デザイナーの鈴木康彦さんの助言をいただき、今までと判型を変え、この本ができあがりました。鈴木さんは、今までずっと高橋さんの本を一緒につくってきた方。デザインもすごいのですが、本の内容そのものへの踏み込みがあり、私はいつも刺激を受けています。

2016年2月に新しく『かえるふくしま』という写真絵本を出版しました。東日本大震災から5年になる今、福島の人びとの気持ちをカエルにたくして描いた本です。ぜひ、ご覧ください。
くわしくはこちら

2月刊『かえるふくしま』表紙です。

2月刊『かえるふくしま』表紙です。

 

 

 

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